エゴサーチ 6/18

皆さんエゴサしてますか。といっても、売名商売じゃないとなかなかエゴサはできないので、誰に呼びかけてるんだという話だが、私は割とエゴサをするタイプである。

その昔、まだTwitterなんてなかった頃、自分のことを検索するのは首を絞める行為だからやめろとよく言われていた。だがその頃からずっと検索している。自意識過剰と言われればそれまでだが、感想を見るのは制作者、売名商売の誠意でもあると思っている。もちろん悪いことを言われていればへこむ。反省する。なんとかしようと思う。ほめられていればうれしい。もっとも私程度の知名度だと、大したことは書かれていない。とはいえ、ネットの評判を見て書けなくなって廃業した同業者も知っている。しかし今やネットでなにを言われようと書き続ける人、表現する人たちしか生き残っておらず、あの頃からエゴサしてたのは間違ってなかったのではないか。夏目漱石芥川龍之介にあてた手紙の中で『群衆は眼中に置かない方が身体の薬です』とか言ってるくらいなので制作とは多分そういうものなのだろう。とはいえ、読者やユーザーや視聴者の反応を見るのはすごく大事だとは思う。

しかしなぜ作者自身が見てないと思ってひどい発言をしている人がいるのかあの頃からずっとわからないままだ。それは意見や感想ではなく誹謗中傷だ。ネットでの誹謗中傷に本当に傷ついて、自らの命を断ってしまうような人が現れてなお、そういう世界は続いている。この話をインターネットで100回くらいしている気がするが、本当に不思議でならない。

ところでエゴサーチすると最近は「金巻きあげやがって!」というような怨嗟がたくさん引っかかるのがつらい。せめて助詞を省略せず「金を巻き上げる」と書いてくれれば引っかからないのに……となるが、怨嗟なのでそりゃ助詞は省略される。「お金を巻き上げると書いて金巻です」という私の持ちネタがつらい世界ですね。