A.B.C-Z河合郁人くんの脱退とジャニーズにまつわる私の告解

ここ11年くらい大好きだったジャニーズアイドルの河合郁人くんが2023年12月21日に所属グループであるA.B.C-Zを脱退した。

これを機会に12月22日に今年のことというかジャニーズのことをちゃんと書いておこうと河合くんの脱退が発表されてからずっと考えていたので、翌日であるところの本日書こうとしているのだが、現状では昨日の公演が非常に素晴らしく、晴れ晴れとした悲しさというか、時計の針を彼らが進めるつもりになっているというか、それは戸塚祥太くんが言っていたけど脱退じゃなくて脱進とでも言いたいような、あるいは卒業といいたいような、なんといっても公演最後はいってらっしゃい、いってきます、で終わったので、私もそういう気持ちである。しかし時計の針を進めるためにやっぱりジャニーズの話をしておこう、となった。あとA.B.C-Zと河合くんの話を。

河合くんが12月21日に脱退すると発表されたのは9月21日のことで、ジャニー喜多川の性加害問題のただ中だった。9月7日にジャニーズ事務所の1度目の会見が行われ、その翌日河合くんはコメンテーターレギュラー出演をしている『ゴゴスマ』でコメントして泣いた。その上で10月2日にジャニーズ事務所が会見をする、と発表されている中、スポーツ紙もしっかりと報道した河合くんの脱退に私は混乱した。どうしてスポーツ紙の報道に混乱したのかといえば、この後度々ジャニーズ事務所とマスコミの忖度問題が指摘されることになるが、スポーツ紙がジャニーズ事務所の案件を好意的に報道するということは、つまり事務所がしっかりと認めている脱退だと想像できたからだ。事務所の会見となにか関係があるんじゃないか、とかそういうことまで考えていた。あるいは河合くんが事務所を辞めるのか、または他の4人が事務所を辞めるのか。どうしてこのタイミングなのかさっぱりわからなかった。

A.B.C-Zジャニー喜多川が登場する舞台を上演していた。(2017年公演についての文章:『ABC座 ジャニーズ伝説 2017』と『新しい地図』 - しあわせなじかん、とか)なんなら戸塚くんはジャニー喜多川を演じていた。そういう中で5人はどういう気持ちでいたのだろう、ファンも繰り返しその舞台を観ていた。そういう意味でも脱退のタイミングに私は混乱した。

実際はその後「30歳前後から考えていた」「メンバーに話をしたのは1年くらい前」みたいなことが河合くんの口から語られ、その言葉とその時に起きていた出来事を考えると脱退ということ自体について個人的にはすっきりと腑に落ちた。

河合くんの30歳前後(2016年~2018年)にはSMAP問題(SMAPの活動停止にまつわる事務所とのトラブル)があって、SMAPに憧れて事務所に入ったという河合くんはこういうこと(「夜空ノムコウ」- SMAPとA.B.C-Z河合郁人さんのこと - - しあわせなじかん、とか)をした。ここにすでに2016年時点での私の気持ちはしっかり書かれているので読み返したが、記録って大事だね。その後河合くんはバラエティでぼちぼちブレイク(きっかけは多分2020年のものまねグランプリだと思う。そもそも河合くんはジャニーズ大好きジャニーズとして自分をブランディングしていた。A.B.C-Z・河合郁人、「ものまねグランプリ」優勝逃すもトレンド入り!「まじすごかった!」と反響続々 | WEBザテレビジョン)して、2021年正月の木村拓哉さんと明石家さんまさんの番組『さんタク』で初めて生放送コーナー進行をやったりした。あの頃よく「河合くん売れたね」と言われた。ジャニーズタレントが一部のバラエティ番組に出る階を河合くんはやってのけていた。この2021年、河合くんは『水曜日のダウンタウン』で2022年2月に発表された「ドッキリにかけられた芸能人ランキング」で名だたるお笑い芸人をおさえて第2位だった。しかしその後今年の前半くらいには「河合くんテレビ出演減ったね」と言われていた。階となった番組には後輩たちが出るようになっていたし、いろんな理由があったと思うが、河合くん自身も歯がゆかったのではないだろうか。

昨年2022年はA.B.C-Zのデビュー10周年の記念イヤーでもあった。河合くんはコンサートの最後の挨拶で「悔しい」ということを度々口にした。その上で、昨年河合くんはA.B.C-Z全員の地上波唯一のレギュラー番組『ABChanZoo』で「バック転への道プロジェクト」なんてことをやって練習では成功しておきながら、9月末もっとも大きなコンサート会場である横浜でバク転に失敗した。おもしろい、かもしれないが、全然おもしろくない。衝撃的だった。コンサートにゲストで出てきたふぉ~ゆ~辰巳くんが多分本気で心配していたように、心配だった。ちなみに『ABChanZoo』2023年4月に終了した。

そして12月というおそらくテレビタレント的稼ぎ時には、ABC座という彼ら全員が出る舞台公演があり、河合くんはいくつかのレギュラー番組にオンライン生出演だったりおやすみをしたあげく、公演後年末にインフルエンザになったと年明けのラジオで言っていた。なるほど、メンバーに話したのが1年前くらいだとしたらこの時期か、そうかもしれないな、となった。コンサートならまだしも2週間以上ほぼ毎日続くシングルキャストの舞台公演とテレビのレギュラー番組は非常に相性が悪い。

そして本日YouTubeチャンネルを開設した河合くん(https://www.youtube.com/@KAWAITACHI_CH)なのだが、その前にゲストで出たかまいたちYouTubeチャンネル(https://youtu.be/DyczjGCrbqQ?si=hPdMPWIA63bWJ6DR)で、山内さんに「バタバタ?」て聞かれて「脱退が決まってからのバタバタのあとにもっと大きなバタバタがあった」と言っていたので、それは決めたタイミングと発表のタイミングが悪すぎる、となった。

性加害問題以前からジャニー喜多川の死後、いやそれ以前、SMAPの一件からジャニーズ事務所周りはいろんなことがあった。デビュー前のA.B.C-ZKis-My-Ft2、このふたつのグループをかわいがっていた滝沢秀明さんは副社長を務めたあと、2022年10月に事務所を退社した。なんなら滝沢さんの会社に何人かのタレントは移籍したし、それこそキスマイの北山くんは今年の6月に事務所を辞めることが発表になり、9月に滝沢さんの会社TOBEへの合流が発表された。北山くんと同じく河合くんも30代後半、人生について考える時期だし、脱退発表は12月の帝国劇場公演ABC座を発表する前日というタイミングだった。最後に公演をちゃんとやっていなくなる、ということを河合くんとA.B.C-Zはやろうとしていたのだった。そうだね、最後に会えないで終わることが多いけど、最後に会えるとうれしいよね。という計画はそのまま、”もっと大きなバタバタ”が来てしまった、ということだ。本当はABC座自体の開催もあやうい時期があったと橋本くんは挨拶で言っていた。それはちょっと嵐のいろんなことがコロナでズレていったことにも似ているね。一緒にすんなと言われるかもしれないけど。

 

 

さて。

 

 

今年の3月7日にBBC『The Secret Scandal of J-Pop』というジャニー喜多川の性加害を告発する番組が放映されてから、ジャニーズ事務所周りはとにかく揺れていた。4月12日に元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト氏が会見をしてから、ようやくNHKが報道をした。マスコミの忖度問題、というのも度々話題になった。

そのへんは『テレビ局のジャニーズ報道はどう変化してきたか──消極的なテレビ朝日、積極的な日本テレビ・TBS/松谷創一郎』に詳しい。

news.yahoo.co.jp

ところで松谷創一郎の記事を引用したところで私はひとつ告白をせねばならない。

ジャニーズ事務所の権力は大きく、事務所の意向に沿わないことをすると、仕事を干される、という噂は私のような末端メディア人にも聞こえてきていた。一応私はメディア、あるいはエンタテインメントで仕事をする人間であるし、ジャニーズ事務所でなくとも取引先の悪口をおおっぴらに言う人には仕事が来なくなるのは当然だと思う。さらにジャニーズのタレントが関わるような仕事は基本的に大きなプロジェクトである。万が一事務所の意に沿わないことをして、干されるようなことがあったら、単純に困る、という思いがあった。その上で私はジャニーズ事務所に所属する人間たちのファンである。立場がいろいろ面倒だ。しかし悪口とはなにか? 告発も悪口か? 評論は? なにをもって悪口や批判でないと判断するのか。基準は曖昧だが判断するのはジャニーズ事務所だ。そんなわけで私はひとつペンネーム作ることにした。それが「トモコ」という人で肩書きは「ジャニオタ」だ。

もっと詳しくいえば2014年にライターのばるぼらくん(https://note.com/bxjp/)にWEB SNIPERというゴリゴリの18禁サイト(http://sniper.jp/)の企画でジャニーズのことについて話してみないか、と言われたのが生まれたきっかけだった。その前に評論系同人誌で似たような名前で評論を書いたことはあるし、古のはてなでレポを書いていたのがトモコだったり、そもそもオタク垢がトモコだったというのもあるけれど、お金をもらってファンとして話す上で相手がばるぼらくんなら安心! ということで受けた仕事だった。

注意:リンク先18禁!

sniper.jp

懐かしいなあ、読み返してしみじみしてしまった。

その後、2015年ユリイカ4月臨時増刊号『2・5次元』の「ジャニーズという二・五次元」という文章でトモコはデビュー? する。いきなりトモコとかいう人の文章載せるユリイカめちゃくちゃ懐が深い……とは思うが、ジャニーズ事務所とメディアの状況を理解した上で、中の人である商業作家・金巻ともこが自由に書くことに対しさまざまな懸念を抱いている、ということにユリイカ編集部も理解を示してくださったのだと思う。じゃなきゃユリイカに突然現れるトモコやばいですよね。

www.seidosha.co.jp

ちなみに時系列がぐっちゃぐちゃになっているが、金巻ともこ自体は2013年ジャニーズ事務所所属タレントであるNYCの写真集『COLORS』でテキスト執筆している。ちなみに依頼してくださった方……というか奥付にいらっしゃるので明記すると伊藤ガビンさんは私がジャニーズが好きだと知らなかったそうだ。奥付にはジャニー喜多川の名前と私の名前が並んでいる。

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と、ここまで書いたところで翌日が終わった。思っていたよりはるかに筆の進みが遅い。そりゃそうだ、人生の総括みたいなことをしようとしている。

日を改めてここからなにを話すのかというと、SMAP問題だ。2016年1月18日、スーツを着たSMAPは解散問題について自らのレギュラー番組『SMAP×SMAP』で謝罪させられた。まるで公開処刑のようなそれは何人かの論者が言っているようにまさに終わりの始まりだったのだと思う。ジャニオタのトモコはWEBスナイパーでこんな文章を書いた。繰り返すがリンク先は18禁です。

sniper.jp

大体当たっていた、と思う。

そして同年8月14日にSMAP解散が発表され、同年12月31日にSMAPは解散、翌2017年9月9日にジャニーズ事務所稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾は退社した。(前述した河合くんがコンサートでSMAPの歌を歌ったというのは、2016年10月当時、事務所に対してなかなかに反抗的な態度であった)

このSMAP問題のただ中、2017年1月、松谷創一郎は『SMAPはなぜ解散したのか』という本を上梓している。

この書籍の「おわりに」にトモコは協力者として登場する。その後、2023年現在に至るまで、トモコは松谷創一郎にそれなりに協力してきた。SMAPの問題はファンとしてとにかく歯がゆかった。しかし別ペンネームを使っている、ということは裏を返せば、ジャニーズ事務所に忖度する立場であったことの証左であり、私は加害側だったということだ。

2019年7月9日、ジャニー喜多川が死んだ。トモコは『ユリイカ2019年11月臨時増刊号 総特集=日本の男性アイドル』で「ジャニー喜多川という少女」という文章を書いた。今読み返すと自分で納得のいかないところが多々あるのだが、こう書いた。一部抜粋する。

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 ジャニー喜多川の生涯については訃報直後メディアで様々に語られた。そのほとんどは光の部分にスポットをあてたものだった。光とは彼が育てた数々のタレントたち、作り出してきたエンタテインメントについてだ。そして光が語られたメディアとはつまりジャニーズの息がかかったメディアと言っていいだろう。ジャニー喜多川の訃報が発表された7月9日からわずか8日後、公正取引委員会が元SMAPメンバーのテレビ出演に圧力をかけていたという疑いに対しジャニーズ事務所に注意をしたという事実からわかるように(これはあくまで疑いなのだが)、そこにもなんらかの忖度が働いていたと推測される。それはジャニー喜多川の闇だ。しかしジャニー喜多川にはもっと大きな闇がある。ホモセクハラ問題だ。

 さらにひとつここで絶対的大前提を告げておくが、対象が男性であろうと女性であろうとセクハラは最低で、許されるものではない。
 その上で語り始めるなら、まずジャニー喜多川のホモセクハラ問題に同性愛差別の側面はなかったのだろうか。そもそも便宜上ホモセクハラという単語を使用したが、この単語自体が差別用語である。セクハラはすべて最低であって、ホモセクハラだから非難されるべきではなく、セクハラだから非難されるべきである。ジャニー喜多川のホモセクハラ問題が明るみに出た1960年代から現代にかけて、我々はさまざまな差別と戦ってきたし、今も戦っている。その中に同性愛差別も含まれる。あえて差別的な言葉を使うが、ホモセクハラだからセンセーショナルでゴシップとして好まれたのではないのか。

 ジャニーズタレントを見ているとき、少女たちにはセクハラと性的視線から解放される。それは同時に少女たちが性的視線を持ち、性的消費者になる瞬間でもある。そこにジャニー喜多川が作り出したものを少女たちが愛する理由があったのではないか。少女たちが性的対象ではない世界をジャニー喜多川は作り出したのだ。
 そして、自分たちのセクハラを見ないふりをされてきた少女たちは、同じようにジャニー喜多川のセクハラを見ないふりをした。それは考えようによっては当たり前のことだ。しかしそれは間違いなく少女たちの罪といっていいだろう。少女たち―――ジャニオタである私はある意味で無自覚にジャニー喜多川と同じ性的加害者だ。

繰り返すが、2019年の文章だ。セクハラ、という言葉の問題点をまず現在の私は自覚している。ハラスメント、とはいやがらせのことだが、もっと明確に性暴力、あるいは性加害とするべきだった。言い訳をするならば、ホモセクハラ、という単語は1999年『週刊文春』が使用している単語である。

話を戻そう。この時点で私には加害者の自覚があった。文中のゴシップだから見過ごされた問題など今年になってさまざまな問題が発覚する中で、本当にいろいろ書き直したいところもあるが、この時点ではこれが精一杯だった。しかしこれもまた言い訳であろう。

ファンも加害者という発言は今年何回か取り沙汰されているが、忖度して別ペンネームを使っている問題といい、一般のファンの方が加害者かどうかはともかく、とにかく私は加害側なのだ。こんなに愛しているのに加害しているのではないかという自覚は、ずっと私につきまとっていた。念のため改めて文章がぐちゃぐちゃな中で言っておくが、被害者を誹謗中傷するのは自覚とかいう問題ではなく完全に加害者です。

そして私は2022年金巻ともこ名義で『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』に「キミを見つめる私の性的視線が性的消費だとして」という性的視線についてのエッセイ……論考? を書いている。

www.seikyusha.co.jp

私はアイドルに性的なまなざしを注いでいる。罪ではない、といいながら後ろめたさがあるのはどうしてなのだろう。(中略)生身の人間が商品になったとき、言いようのない後ろめたさがあるのはどうしてなのか。(中略)性暴力は、あるいは暴力はすべてが罪だ。しかし性的消費も、性的視点も罪ではない。私は性的な視線で彼らを見つめている。それは揺るぎようのない事実で、だとしたらその視線の先にいるキミにどうか心から笑っていてほしいとそればかりを願っている。

 

 

そして迎えた2023年。ジャニー喜多川の性加害問題は明るみに出て、ジャニーズ事務所は解体し、好きだった人はグループを脱退した。SMAP問題の時と同じようにみんなの意見はバラバラになって、良心的だと思っていた人も誰かを攻撃したりしている。たとえば被害者を、あるいは脱退した河合くんを、意見の違う誰かを。私は自分は加害者だとそう思いながらこの数ヶ月を生きてきた。語る言葉がなかった。

私が初めてジャニーズのコンサートに行ったのは1989年少年隊のコンサートで、それが生まれて初めてのコンサートだった。それからSMAPが大好きになって、この10年はA.B.C-Zが大好きだった。人生の半分どころの話ではない。私はジャニーズ事務所所属のアイドルが30年以上大好きだった。

河合くん脱退公演となった帝国劇場の演目は、ほぼライブで、毎日繰り返される脱退コンサートはなかなかにしんどかった。多分ファンだけじゃなくて当人たちも同じだったと思う。しかし、ジャニー喜多川が死んだ直後の公演は毎日葬式みたいだったので、ジャニーズ、というよりA.B.C-Zの舞台とは多分そういうものなのだ。その上で舞台には小学生の演者もいた。踊る彼らを見たとき、ジャニー喜多川の性加害が本当に許せないと思ったし、A.B.C-Zの5人はいろいろと尽くしてくれたけれど、それでも見ないことを選択する人がいて、それは正しいとも思えた。私はどうしても見届けたかったけれど。

河合くんがグループを脱退することで、ちゃんと区切りをつけられる、それは私にとって幸せなことかもしれない。

A.B.C-Zの舞台は楽しかったし、他のグループのライブだって今までと同じように楽しいと思う。でも心の中には影がある。楽しいままで見たいから、人によっては現実を拒絶したくなるだろうとも思う。被害者への誹謗中傷をする人たちは楽しいままでいたいだけの人たちで、アイドルを見ていて悲しい気持ちになんてなりたくないのはみんな一緒だ。自分が受けた性被害を思い出す人もいるだろう。

私はジャニー喜多川の作るものが大好きだった。帝国劇場で当人を見かけたこともあった。だからこそちゃんとジャニー喜多川を悼もうと思う。ジャニーズ事務所と、ジャニー喜多川が作ってきたもの、それからジャニオタたち、ジャニオタを肩書きにしたトモコという著者、ジャニーズが大好きだった私、そういうのをすべて悼む。性加害の上に成り立っていたものを悼み、拒絶し、葬る。被害者への誹謗中傷などあってはならない。補償したからといって、名前を変えたからといって許されるものではない。二次加害もあってはならない。

性暴力は絶対に許されてはならない。見過ごすことも、黙認することも加害と同じだ。絶対に許されてはならない。私たちに出来るのは被害者の支援だけだ。

その上で私はずっと加害側の人間だった。その罪を自覚して生きていく。

あまりにも混乱しているこの文章は告解だと思う。許されるかどうかはわからない。しかし告白せねば先に進めないから書いた。

2023年の年の瀬、今このときも芸能界の性暴力問題は告発されている。被害者への誹謗中傷も続いている。世界は最低だ。それでも少しはマシになっていると信じたいし、なんとかしていきたい。

そして、大好きなキミが、幸せであるといいな。笑っていてくれるといいな。千秋楽、あんな風に泣かれて辛かったな。でも大好きなのは変わらないからさ。どうか元気で。

そうそう、そういえば書き忘れていた。『さんタク』のあとからずっと考えてたんだけど、こうなったら紅白の司会を目指してほしいと私は本気で思っています。