肩書き問題 6/19

著名人の肩書きに怒っている人をネットで見かけたのだが、肩書きって自分でつける場合もあるけれど、案外TPOで変わってくるものだから難しい。

たとえば私はTwitterに「ライターと名乗りたい大体小説家だが株式会社チクタク代表取締役」と書いているが、まさにこれが肩書きの難しさだろう。私はライターと名乗りたいのだ。しかし現在いわゆる媒体ライター仕事はそれほどやっておらず、時々ゲームシナリオ、たまに評論、そして小説を書いている。このライターとか小説家というのも難しく、バリエーションとしては物書き、文筆業、売文業、評論家などの肩書きになったりもするし、その前にジャンルがつくことも多い。シナリオとかゲームとか雑誌とかウェブである。シナリオになるとさらにゲームとかドラマとか映画なんてのもつく。あるいは脚本家か。ちなみにこれらの最高峰は作家だと思うのだが、なんだか大仰すぎて恥ずかしい。しかし先日編集さんから肩書きを「作家」としていただけませんかと言われ、断る理由もないので飲み込んだ。さらにいうなら私が主な稼ぎを得ているのは社長業であり、講師業だろう。実際私がなにやってるんだがよくわかっていない人もいると思う。ゲームシナリオを書いてたまに小説も書く零細プロダクション社長です。プロダクションも芸能じゃなくてシナリオプロダクションである。役者もいます。

これ実は私に執筆の才能があまりないことが影響している気がする。いや、執筆の才能がない(のは事実だが)というより、平均値よりたぶんコミュ力が高い。その結果社長となってしまったが、文字を書くことであれば大体ご相談に乗れますのでぜひ。

そういえば30代ごろ、打ち合わせで「先生って呼ばれるのやだー」という話をしたらうちの優秀な妹に「今の立場で先生って呼ばれたくない作家はめんどくさいから黙れ」と言われて落ち着いたことがあります。こないだの「作家」も多分おんなじだな、きっと。

エゴサーチ 6/18

皆さんエゴサしてますか。といっても、売名商売じゃないとなかなかエゴサはできないので、誰に呼びかけてるんだという話だが、私は割とエゴサをするタイプである。

その昔、まだTwitterなんてなかった頃、自分のことを検索するのは首を絞める行為だからやめろとよく言われていた。だがその頃からずっと検索している。自意識過剰と言われればそれまでだが、感想を見るのは制作者、売名商売の誠意でもあると思っている。もちろん悪いことを言われていればへこむ。反省する。なんとかしようと思う。ほめられていればうれしい。もっとも私程度の知名度だと、大したことは書かれていない。とはいえ、ネットの評判を見て書けなくなって廃業した同業者も知っている。しかし今やネットでなにを言われようと書き続ける人、表現する人たちしか生き残っておらず、あの頃からエゴサしてたのは間違ってなかったのではないか。夏目漱石芥川龍之介にあてた手紙の中で『群衆は眼中に置かない方が身体の薬です』とか言ってるくらいなので制作とは多分そういうものなのだろう。とはいえ、読者やユーザーや視聴者の反応を見るのはすごく大事だとは思う。

しかしなぜ作者自身が見てないと思ってひどい発言をしている人がいるのかあの頃からずっとわからないままだ。それは意見や感想ではなく誹謗中傷だ。ネットでの誹謗中傷に本当に傷ついて、自らの命を断ってしまうような人が現れてなお、そういう世界は続いている。この話をインターネットで100回くらいしている気がするが、本当に不思議でならない。

ところでエゴサーチすると最近は「金巻きあげやがって!」というような怨嗟がたくさん引っかかるのがつらい。せめて助詞を省略せず「金を巻き上げる」と書いてくれれば引っかからないのに……となるが、怨嗟なのでそりゃ助詞は省略される。「お金を巻き上げると書いて金巻です」という私の持ちネタがつらい世界ですね。

46歳女は産まない 6/17

この数年でゆっくりと楽になり続け、46歳になって圧倒的に気持ちが楽になったことがひとつある。それはこどもを産まないことがほぼ確定したということだ。もちろん同世代でがんばっている人たちもいると思う。でも少なくとも私はこどもを産まなかった女としてこの先の人生を生きていくことになるだろう。

女性は若い頃から「こどもを産むタイミング」について考えさせられる。早いうちに「こどもは産まない」あるいは「こどもを産む」と決められれば楽だと思う。私の世代ではいろいろがなかなか難しいことであり、その結果少子化が進んだ。

私は10代の頃からお母さんになりたかった。こどもが欲しかった。理由はよくわからない。今の私が追及する意味もない。30才の時結婚をして、その後に妊娠をした。しかしダメになってしまった。それから離婚して、次につきあった人はこどもがいらないと言った。そして彼と別れ40歳になった。タイムリミットが近い。ここからこどもが欲しい、夫となる人を探すというのは非常に難しい。万が一があったとしても確率は低い。科学の力でパートナーがいない状態でこどもを産む方法はある。だがそうするなら30代のうちにやっておくべきだった。そこまでの勇気はなかった。

今は迷う必要がない。これから先、人生のパートナーとの出会いはあるかもしれない。その結果こどもができるかもしれない。でも私が妊娠出産することはない。

人生の中で諦めきれなかった不確かだったものを強制的にあきらめることができるというのは非常に気楽だ。以前は友人のこどもたちに少しだけ複雑な気持ちを抱いていたけれど、最近の私はただおばさんとして年下の友人の赤子に夢中である。赤子を抱きながら一瞬過去に思いを馳せることはある。でも腕の中の温かいものは私の過去にはなんら関係なく、ただ愛しく守られるべきものとしてそこにいる。世界は悲しいことばかりだ。でも君は生きていく。本当に愛しい。

46歳の目標 6/16

46歳になりました。正直なところ自分が46歳ってびっくりするんだけど、どうなんでしょう、世の中の46歳。独身女性46歳の平均が全然わからない。いや独身男性の46歳も全然わかんないけど!

相変わらずおたくで、相変わらずバカなことではしゃぎ、相変わらずくだらないことを考えています。とはいえ経験値だけはあるので、なんとなくえらそうにしていますが、そりゃそうだよね、46歳だもの。

このえらそうにする、というのは最近心がけていることなんだけど、心の中にすんでいる小娘ちゃんの私が「おまえなんでえらそうにしてんの?」とつっこむんですよね。えらそうな人って痛いじゃないですか。こないだおともだちの堺三保さんも言ってた(https://twitter.com/sakai_sampo/status/1403478913267896323?s=21)けど。なんか過去の話が自慢話みたいに聞こえるのは事実なんだけど、でも46歳なんだから、あんまり下っ端根性出しすぎても、我々の下の人が困るんじゃないかと思ってえらそうにするよう心がけてるんだけど、どうなんでしょう。わかんないなあ。若い頃周りにいた46歳くらいの人たちのことを思い出すけど全然思い出せない。でもやっぱり自分のことを下っ端だと思いすぎるのも本当に下っ端な人たちの迷惑な気もする……。

46歳の目標について考えたけど、実はここ数年の目標って『生き延びる』だったんですよね。んで去年コロナ禍でこの目標が意味ありげでなんか嫌だなあ、と思いながら1年を過ごしてしまったので、『生き延びる』のは大前提としてなんか目標考えないとなあ。健康はもちろん大事ですけど、うーん。実は昨年5ヶ月くらい続いていた禁煙も挫折しちゃったからなあ。ダメ人間です。でも禁煙かしら……いやダイエットしながら禁煙なかなか厳しいからとりあえず体重は減らしましょう。あと5kg痩せたら禁煙ってどう? めちゃくちゃ太りそうじゃない? とかいうやつじゃなくて、人生の目標について考えたいと思う所存です。

とにかく楽しい1年になりますように。

フワフワの服 6/15

フワフワした服が苦手だ。ヒラヒラした服というか、フリルというか、リボンというかそういう服が苦手である。といっても見る分には苦手ではない。着るのが苦手なんである。ついでにスカートもあんまり得意ではない。シンプルな服が好きなのかというと、派手な柄シャツとか変な形のシャツとかは好きなので非常に難しい。男性的な服装をしがちだが、若干ズレているのはちゃんと自覚している。

これを追及していくとどこかに自分の中にあるジェンダー的問題が浮かび上がってくるような気もする。そもそもこどもの頃からそういう服が苦手だっただろうか、たしかにずっとボーイッシュと言われる服装ばかりしてきた気がする。どこで苦手になったのかよくわからない。とはいえほんのりギャルっぽい格好をしていた時期もある。しかしとにかくふんわりした格好をしていたことがない、と思う。一時付き合ってる男性の好み的な服装をしていたこともあるが、居心地が悪いなあとずっと思っていた。私のフワフワに対する嫌悪感はいったいどこからくるのだろう。

それは社会的な女性らしさへの嫌悪かもしれない。自らの女性性への嫌悪の結果、なんとなくフワフワの服装を忌避しているのではないか。とはいえフワフワではない服はなかなかに男性受けが悪い。こんな私もつきあってる男性の好みに合わせたり、男性受けを考えたりした時代があるんですよ。しかしそもそもそれが間違いだったのではなかろうか。私は一体どうしたかったのだろう。ちなみに男女雇用均等法から10年後の世代である我々は男ウケを考えた方が楽に生きていけましたが、思い返せばクソだな〜となる。

とはいえ自身のジェンダー問題については明確にする必要なんて今さらないんじゃないかなと思う。そして迷ってる若い人も明確にする必要はないと思う。しかし過去の価値観に左右されがちだから難しいな。ともあれ私はフワフワの服が苦手なのは変わらない。

痩せねば 6/14

痩せたい、ではない。痩せねばである。

老化の話ばかりをしていて大変申し訳ないが、健康診断で血液が濁り始めた。中性脂肪値が高いというのは、濁り始めたということだろう。ついでに血糖値もあやうい。幸いにして肝臓の数値だけはめちゃくちゃ美しいが、人生の先輩に女性は更年期後に肝臓の数値が一気にくると脅されてしまった。

ところで大人になってからの私は割と体重の増減が激しいタイプである。肥満とダイエットを繰り返しているということだが、ちょっと忙しいとすぐに太る。要は食べて動かなくなるだけの話だが、30代の頃はそんなに苦労せずに痩せた。いや嘘です、苦労してたなあの頃も。でも血液検査には引っかからなかった。しかしアラフィフは血液検査に引っかかるようになってしまうのだ! こわ! このままでは血管が詰まって死んでしまう!

昨年秋の健康診断でちょっと痩せろと言われつつぼんやりしていたら2月にこの5年くらいの最高体重を記録してしまった。これはよくないと思いつつ、どうにか楽して痩せたい。なんせ肥満とダイエットを繰り返してる私だから痩せる方法は知っている。ダイエットとは食事制限と運動である。この方法以外で痩せたことがない。でも全然楽ではない。ほかに方法があれば知りたいが、とりあえずラーメンとUber eatsを控えたら2kg落ちた。そこから全然落ちない。仕方ないので散歩をする。食事を1食控えめにしてみる。そこから2kg痩せてようやくこの1年で1番痩せたのが数日前のことである。

しかしこの5年で1番痩せるにはあと11kg。いやそこまでとは言わないから、せめてあと5kg落とさないと血管が詰まる。というかなんで3年で15kgも太ってんだよ。まあ人生最大値の前になんとか止まったのは褒めたいが、もっと手前で止めろよ。と過去の自分に言っても仕方ないのでがんばりましょうという話でした。楽して痩せる方法教えてください。

鉢がでかい 6/13

マスク生活をするようになって早1年、確信を持ったことがひとつある。それは私の頭の鉢がでかいということである。顔がでかいともいう。いや、帽子において薄々気がついてはいたのだが、自分の頭というか顔がでかいなんてことに気づきたくなかった。

なんとなく買った女性用のマスクは絶対にきつい。そもそも私の身長は165センチである。女性の平均よりはやや高い。つまり女性用ってたぶん体の小さい人用ということなのだが、なんで表示が女性用なんじゃい。身長の平均値で顔のサイズも提示してくれよ、というお気持ちである。とはいえ、普通サイズの不織布マスクだと顔を覆う面積がまあまあ広範囲になるので、顔がでかいわけではないのか? でも紐はちょっときつい……なぜだ……となっていた最中、並行して老化による視力低下から生まれて初めてちゃんとメガネを作ることになり、調整してもらったら、メガネのつるはちょっと長め、そして左耳より右耳の位置が下、顔の大きさ(幅)というよりは顔の中心から耳までの距離、つまり横顔が平均値よりちょっと長いということが発覚。なるほど、やっぱり頭がでかい。普通のサングラスや眼科でまだ安い老眼鏡でいいよって言われて使ってたのがなんとなくきつかったのはこれかー! となった。

そして帽子も案外ワンサイズのものがほとんどなので、サイズのある帽子の大きいやつ買ったらまあこれが快適でびっくりしちゃったわよ。

そんな世界の割に、顔サイズオーダーマスクとかないので不思議だな。3サイズくらいでなんとかなるし調整しろってことかな。スポーツ選手とかオーダーマスク作ってるのかな。

しかし人生で初めて真面目にマスクとメガネにつきあうことになった結果、私の耳の後ろの限界が近い。さらには冬は大丈夫だったけど、暑くなり始めて汗をかくようになり、不織布マスクはカユカユが発生するようになった。去年は慣れてないだけかと思ったんだけどなあ。つらい。