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雨宮まみのパキラ

「ものを書く人間は、みんな嘘つきです。」

【SPUR】「狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ」 #16 | 雨宮まみの「本でいただく心の栄養」

 

 雨宮まみの形見分けに行ってパキラを引き取ってきた。このパキラは5年前、私が彼女に贈ったものだ。

 その時のパキラは卵を模した陶器に入った手のひらサイズだった。それに私はカードを添えた。パキラのように伸びて行ってほしい、と。それは彼女の初めての単著に寄せてだった。

 その時のこととパキラについて彼女が書いた文章が残っている。

www.mochiiejoshi.com

 5年ぶりに再会したパキラはすごく育っていた。でも幹は細いまま背ばかり伸びて生い茂っていて、本当にこの5年の雨宮まみのようだと思った。こんな風に言ったら誰か怒るかもしれない、最近の彼女を知っている人たちはそんなんじゃないと言うかもしれない。でも私は本当にその時そう思ったのだ。

 形見分けを手伝われている人たちに挨拶して、いくつか持って行ってくださいと言われたアクセサリーと洋服を選んだ。それからパキラだけじゃなくて、もうひとつの鉢植えエバーフレッシュも引き取ることにした。こういうとき私はなにを喋っていいのか全然わからなくなってしまう。

 いや、そうじゃない。私は心にわだかまりを抱えていた。私は死に顔を見られなかった。遺言には「葬式はしないでください」と書かれていたという。生前もそんなことを彼女は言っていた。「近親者だけのお別れとさせていただきました」という報告もあった。でも私の友人たちの多くは彼女の死に顔を見ていた。あるいは、報道より先に彼女の死を知っていた。私は彼女の死を報道で知った。私は彼女と親しかったのだろうか。本当は全然親しくなかったのかもしれない。確かにここ1年くらいは距離があった……というよりSNSでやりとりをすることはあっても会っていなかった。そういう気持ちをずっと抱えていた。だから、友人代表の人が「私たちの不徳のいたすところです」と報告しても飲み込めないでいた。むしろ謝られれば謝られるほど苦しかった。違うんだ、あなたたちを責めたいんじゃない。あなたたちが最善を尽くしたのは間違いない。感謝しかない。むしろ尊敬している。私だって友人の死を知らせる側になったことはある。遺品整理だってしたことがある。そういうとき、どうしても抜けはある。わかってるんだそんなこと。こんな死に方をした雨宮まみを受け入れられないんだ。悪いのは雨宮まみだ。こんな死に方をした雨宮まみが悪い。そしてしばらく雨宮まみと会っていなかった自分が悪い。自分が悪いんだ。そして雨宮まみが悪いんだ。こんな風に死んだらなにもかも台無しだ。育ったパキラも、褒めてくれたインテリアも、その著作もなにもかも台無しだよ。

 

 

 

 パキラは大きさ的に女ひとりでは運べないしワゴン車でも高さ的にあやしいということで運搬は事前に赤帽をお願いしていた。帰りは一緒に車で送ってくれるというのも都合がよかった。エバーフレッシュを引き取れたのもこのおかげだ。赤帽のおじさんとの帰り道、実は形見分けなんですよ、あのパキラ私が昔あげたものなんです、いきなり死んじゃってなんて話をした。おじさんは俺くらいの歳になるとぽっくり死にたいんだよ、でもあなたくらいの歳にはまだそんなことは思えなかったな、ぽっくり死ぬと周りが大変なんだよねなんて言っていた。おじさんは父と同い年だった。自宅前でおじさんはこれどっちも土をたさないとダメだよ、土が乾いているせいもあって根が浮いているし、それからパキラには支柱をつけて、エバーフレッシュはすぐに剪定をしないといけないと、その場所まで教えてくれた。俺園芸好きなんだよ、それから形見分けなんでしょう、休日料金はいらないや、と少し割引してくれた。

 帰宅してちょっと休んで土だけとりあえず買ってきた。おじさんに言われた通り濡らした土を鉢に入れて行く。実はこんな風に植物の世話をしたことはない。ちゃんと育つんだろうか、これ。それからエバーフレッシュを剪定して、切った枝は差し木にした。どっちもリビングに置いてみた。随分部屋の雰囲気が変わった気がする。

 私はこのパキラで彼女に呪いをかけたのだな、と思った。そして呪いは返ってきてしまった。呪いとは魔法のことだ。時に凄まじい力を発揮する。人によっては願いや祈り、言霊なんて言うかもしれない。

 バカだなあ、こんなに早く死ぬなんて。全然悲しくない。報道で知ったせいもあって死に顔も見ていない。だから死んでなんかいない気がする。ただ彼女はみんなに呪いをかけていなくなってしまった。まだ私はただ彼女がいなくなっただけで、彼女が死んでしまったなんて全然信じていない。そして私はまだただ憤っている。こんな風に彼女がいなくなってしまったことに。

 仕方ないからどんな呪いでも受けてたつよ。これは君がいたという魔法、そして君が沢山の人にかけた呪いだ。私はまだ泣いていない。

 

追記:あまりに散漫な文章でどうしようかと思ったけれど、この散漫さもまた私の気持ちなのだと思って公開することにしました。散漫な文章はそのまま私の気持ちで、千々に乱れ、私は全然納得いってないし、ただ部屋にはパキラとエバーフレッシュがある。人の死を消費するな、とか、人の死について書くことで承認欲求を満たすのか、とか、彼女の死についてそんな意見も見たけれど、そもそも彼女がずっと訴えていたのは、そんなことで自分の言いたいことを制限するなみたいなことだったのではないか。彼女がいなくなってしまった今そんなこと言っても意味がないし、私にとっての関心事はこのパキラとエバーフレッシュを枯らさずにいられるかどうかだ。雨宮まみと同じように植物なんか育てたことのない私がこれからちゃんと世話できるのか全然自信ない。でも呪いのかかったこの植物を私が枯らすわけにはいかないのだ、きっと。