I can't write it! / 作:金巻ともこ

cast:

A:脚本家

B:脚本家の部下(本人も脚本家)

C:脚本家の友人(男性)

D:脚本家の友人(女性)

 

○シーン1:A仕事部屋


Aパソコンに向かっている

横でBイライラ


A「いや書けないなあ。書けないよ。無理だし」

B「いやいやいつも書いてるじゃないですか」

A「今日は書けないよ」

B「じゃあ明日になったら書けるんですね」

A「書ける気がしない」

B「本番は○月○日(公演当日)ですからせめてその2週間前にはもらわないとね……いや、あまやかしちゃダメだ! その3週間前にはもらわないと困ります」

A「大体さあ、君はなんでそんなに書いてるわけ」

B「は? あんたのが書いてるでしょう」

A「それは過去の話であってさ、この1年で言うなら絶対君のが書いてるでしょう」

B「そりゃお仕事いただければ書きますよ」

A「私も書くよ。仕方ないけど書くよ。書きたくないけど。それ以外は?」

B「それ以外って?」

A「最近思うんだよね、これみたいに好きに書いていいっていうやつがもう全然書けないの。だって書きたいことないんだもん」

B「はあ」

A「君はどうやって書いてるの」

B「……身の周りのこととか、その時感じたこととか。書くのが当たり前だったからよくわかんないですよ」

A「身の周り~? 別に大した事件とかないし、ほとんど毎日猫と会話するだけだし、仕事も最近は金勘定の話ばっかりだし、書くことも書きたいこともなくない?」

B「そんなこと言ったら始まらないじゃないですか!」

A「だってさ~書けないんだもん。百歩譲って書くとするじゃん。でもちょっとエッジの効いたこと書くと叩かれたりするじゃん。ほんとやる気出ない」

B「まあそれはそうですけど……いや! これは好きに書いても叩かれないですよ! 各回25名限定だし、7回しかないし、そもそも25人埋まったことがない!」

A「そういう問題じゃない! 私は大ホール1ヶ月公演のつもりで書いてる!」

B「いや、書いてないですよね」

A「だって書けないもん。書きたくないし」

B「書きたくないってなに無責任なこと言ってるんです」

A「あとさあ若者の才能とか目の当たりにすると、ああほんとダメだなあって思うんだよね。だって普通考えつく? にわとりだよ? さらには4人のちょっと切ない恋、そしておっさんペット! もう無理じゃない? おばさんかなうはずなくない?」

B「俺だってたまにそういうことは思いますよ」

A「どうすんの、そういう時」

B「書くしかないじゃないですか」

A「全然理由になってねえ!」

B「……あなたそこそこ売れてますよね」

A「いや売れてないよ、売れてたっていうか、なんていうか……」

B「俺に比較したら売れてますよね。キャリアも長いし」

A「……まあそうですけど」

B「ほらあれなんでしたっけあのサッカーの小説。あれ何回再版したんでしたっけ」

A「……8回」

B「あの20冊くらい続いてる割となんかすごいシリーズもの累計何万部でしたっけ」

A「大体100万部」

B「自慢か!」

A「でも過去の話じゃない? サッカーの小説なんて前回のワールドカップの時の話だし、今どき小説なんて全然売れないし、その小説の話と今の書けない話は違わない?」

B「同じでしょうが! あと俺知ってますよ、書きたいものがないとかいって、なんかすっごいえっちな小説書いてネットにあげてますよね? 俺知ってます」

A「バカ! それは内緒! 内緒なのに……だってあの子をえっちな目にあわせたくなっちゃうんだもん」

B「書きたいものあるじゃないですか!」

A「……じゃあなにか? ここでえっちな話を書けばいいの? めっちゃエロいよ? ストリップだよ? まな板ショウだよ? 書けるわけねーだろ、ばーか!」

B「バカって言ったヤツがバカだ!」

A「ばーかばーかばーか! ばーか!」


(沈黙)


A「……書けないよ……」


○シーン2:数日前


酒を飲んでいるC

かなり酔っている

そこにAやってくる


C「おっ、ひさしぶり! こないだ原稿落としちゃってごめんな~いやもう全然書けなくて、気がついたら酔っ払ってたんだよね」

A「飲みすぎじゃない?」

C「最近ほんと肝臓の数値やばいんだよ。あとこないだ腹水もたまっちゃってさ~まあ飲めよ」

A「……いただきます」

C「相変わらずいいのみっぷりだな! おまえは!」

A「だってお酒好きだもん」

C「俺のこといえねえじゃん!」

A「でも肝臓の数値健康そのものだし」

C「そこよ! そこがどうしてなんだか俺にはさっぱりわからん」

A「……体質でしょ」

C「体質か~」

A「君もうアル中じゃん」

C「そうかな~そんなことないと思うんだけど」

A「死んじゃうよ?」

C「……死んでもいいんだよ、俺なんか」

A「ダメでしょ」

C「大体さあ、小説家なんて野垂れ死ぬものだと思わない?」

A「最近そういう無頼派みたいなの流行らないと思うけど」

C「小説家が健康な生活してどうすんの?」

A「健康な生活した方が小説書けるよ」

C「そうかなあ~俺はそんなんじゃいい小説は書けないと思うなあ」

A「そんなことないと思う」

C「酒飲んで死んでけばいいじゃん。生きてる意味なんてないよ」

A「死んだら書けないよ」

C「……でも早死にした方が評価される」

A「……そんなことないよ」

C「評価されたくない?」

A「早く死んじゃった人に失礼だよ」

C「俺は早く死にたいんだよ」

A「……それに読者がいるんだから早く死んじゃダメだよ」

C「……なにそれ」

A「待っている人がいるんだから。友達とか家族じゃなくて、読者がいるんだから死んじゃダメ」

C「…………」

A「そんな風に死んだって読者は喜ばない。読者を絶望させるために小説を書いてるんじゃないよね、私たち」

C「……いや~絶望してくれてもいいんじゃないの」

A「ダメだよ、そんなの! どこかの誰かがとても大切にしてくれているものを作ったなら、責任があると思う。病気や事故で死んじゃうのは仕方ないけれど、そんな自殺みたいな死に方したら絶対にダメだよ」

C「………………」

A「絶対にダメだよ」

C「……俺は死にたいんだって」

A「続きはどうするの」

C「どうせいつか死ぬんだし」

A「でも自分で死ぬなんて不誠実だよ」

C「考えすぎだって。……あいつだって死んだから評価あがったみたいなところあるじゃん」

A「……あんな風に早死にして、私は軽蔑してる。最低だよ」

C「俺はもう死にたいんだよ、あいつみたいに」


○シーン3:数年前

A「初単行本おめでとう! これお祝い。どんどん伸びていくから縁起がいいんだって、この苗」


AからDに渡される小さな植木


D「ありがとう! 先輩にこんな風にお祝いしてもらえるなんてうれしい」

A「先輩~? いや先に本は出してるけど、私らジャンルが全然違うじゃん。私どっちかっていうとエンタメの人だし。こういうエッセイみたいなのは書けないから。いつもすごいなって思ってるよ。どこかのさみしい女の子が救われる本だと思ってる」

D「(笑いながら)よくさみしい女の子の話、するよね」

A「うん。だってどこかのさみしい女の子や男の子のために書いてると思ってるから」

D「ほんとどこかのさみしい女の子に届くといいな」

A「いつかの私たちみたいに?」

D「……どうだろ」

 

A、はける


D「この木のように伸びていって下さい、か」


Dの手にした植木、その手から落ちる。

 


○シーン4

Aパソコンに向かっている

隣にB


A「書けないんだけど」

B「ああもうほんと言い訳ばっかですね、あなたは」

A「いやいやいやいや書けないでしょう」

B「全体的に言い訳ばっかりだ! 全部言い訳! そんなこと言ったって書くしかないでしょう!」

A「だってどうせ才能ある若者にはかなわないし~」

B「大体誰かに勝つために書くものじゃないでしょう」

A「きれいごと言いやがって」

B「普段はどちらかというとあなたの方がきれいごと言いがちです」

A「そうだっけ。全然書けないよ。書きたくないし、自分のことにも向き合いたくないし」

B「この際なんでもいいんですよ、書いてくれれば」

A「だから書けないって。そもそも自分のこととか書くの恥ずかしいしさ、それを人に読まれるのも見られるのも恥ずかしくて死にそうじゃん。いつもおまえのシナリオとかすごいなって思うよ。恥ずかしくないのかなって。なんならそれを自分で演じたりまでするわけじゃないですか、あなた」

B「ポルノ小説書く方がよっぽど恥ずかしいと思うんですけどね」

A「だから! それは! 内緒だって! 書かなければ幸せな世界が広がっている!」

B「……そりゃそうですけど。……じゃあなんで書いてるんです!」

A「わかんない。始めは誰かがほめてくれるからとかそんな理由だったと思うんだけど」

B「誰かひとりでもそこにいればいいじゃないですか」

A「誰かひとりでも?」

B「そうですよ、誰か、ひとりでも」

A「たとえばおまえとか?」

B「……まあ、そうですねえ」

A「私、おっさんじゃなくてさみしい女の子のために書きたいんだけど」

B「はあ、じゃあそのどこかにいるさみしい女の子のために書いて下さいよ」

A「……書けないなあ……」

B「まあ書けませんよね」

A「でも書くしかないのか」

B「そうですね」

A「書きたくないなあ」

B「世の中には書きたい人いっぱいいるみたいですよ」

A「やだなあ。あとめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん、書いて読まれるのって」

B「急に物心ついたみたいなこと言わないでくださいよ。あなた何年文章書いてお金もらってるんです?」

A「24年くらい」

B「今回の俺以外のキャストと大体同い年じゃないですか!」

A「マジかよ!」


AB顔をみあわせる


A「やだなあ……書きたくないなあ……おまえにも読まれたくない、こんなの。ついでに演じられるかと思うと恥ずかしくて死にそう」

B「でも書いたんですよね」

A「仕方ないからね」

B「じゃあ始めるしかないですね」

A「ほんとだねえ」

B「はじめますよ」

A「やだなあ」

B「なに言ってんですか」

A「あとは頼んだよ」

B「はいはい」

 

B「FOUR FOR YOU FOUR! はじまります!」

 

舞台「FOUR FOR YOU FOUR!」より

※株式会社チクタク プロデュース公演『Four for you!! FOUR!』は4人の脚本家、4人の役者で、あなたに届ける4本の物語と銘打った企画の4回目の公演で、2018/7/13-16 に 高円寺hacoにて上演しました。これは大塚ギチが死ぬ前の戯曲で、奇しくもその初日が大塚ギチの事故の日であり、私はあとから事故を知ったのでした。