不眠症の話

 昨年は不眠症と闘っていた。

 寝付きが悪いだけならまだしも、眠ってもとにかく悪夢を見る。そして目覚めると、壁の模様がうねうね動いていて怖い。なんなら叫んで目覚める。汗をびっしょりかいている。ありとあらゆる悪夢を見た。

 ある日看護師の友人が家に泊まった。うとうと眠って、悪夢を見て叫んで起きた。友人が驚いて目を覚ました。「病室でも叫んで起きちゃう人とかいない?」って聞いたら「いませんよ」って言われて、ああきっとこれはまずいんだなって思った。

 眠れなくなるとなにもできなくなる。眠いのに眠れない。眠ると悪夢を見る。すぐに目が覚める。うとうとゆらゆらしている時間が長くなる。そういう意味では世間一般で言う眠っている時間はすごく長かった。結果なにもできない。少なくとも私はほぼなにもできなかった。

 病院に行ったら鬱の気配もあると言われた。確かにずっと死にたかった。結局どうやって改善したのかというと、自分で努力して規則正しい生活はできないと判断し、投薬治療の上で半年ほど週4日間、朝から派遣社員をした。とりあえず半年間遅刻しなかった。必死だった。

 規則正しい生活をして、薬を飲んで、まず変化したのは、悪夢を見なくなったことだった。それから連続して眠れるようになった。相変わらず寝付きは悪いけれど、それでもあの頃に比べれば全然マシだ。少し興奮する出来事があると寝付けないのは子供の頃から一緒だ。子供の頃、遠足から帰ってきて興奮して喋り続け眠らないので、父におちょこでウィスキーを飲まされた記憶がある。今思うとだいぶ乱暴だなとは思うが、多分寝付きが悪いのは気質なのだろう。しかし悪夢を見てすぐに目覚めるということは、普段の状態ならほとんどない。それにしてもあの悪夢はなんだったんだろう。子供の頃風邪をひくとよく見ていた夢にも似ていた気がする。

 ちょっと大きなお仕事をいただいたタイミングと眠れるようになってきたところで、派遣社員は辞めた。今は週3回4時間だけど新宿で夜アルバイトをしている。これは派遣社員生活以前から週1あるいは週2でやっていたことではあるけれど(そして派遣社員時代もやっていた)、週のおよそ半分、夜ではあっても同じ時間に定期的にどこかに出かけること、そして人と話すことは少なくとも私にとってとても重要だ。夜型ではあるけれど、それだけでなんとなく日々のリズムができてくる。普段は油断すると1日誰とも会話せずに終わったりする上に、性根が自堕落なので、あっという間に生活のリズムが崩れてしまう。

 その上で頓服として寝付けないときだけ、睡眠導入剤をたまに飲んでいる。でもその回数もだいぶ減ってきた。悪夢はほとんど見なくなった。

 確かに去年の私は、いやたぶん一昨年くらいからすごく自信をなくした状態で、なんかもう本当にダメで、本も読めなかったし、映画も見られなかったし、テレビも見なかったし、知らない人の多い飲み会に行くのは億劫だったし、なんかそういう状態だった。コンサートや舞台はようやっと出かけていたけど、経済的な理由もあって、例年に比べたら1/5もいけてない。趣味の文章はぽつぽつ書いていた。書いていてよかった。年末くらいからだいぶ復活してきている。本も読めるようになった。インプットできるようになった。そしてアウトプットも大丈夫そうになってきた。

 たぶんいつだってあの状態に戻ってしまうんだろうなと思う。きっとすごく些細なことで戻るんだろう。そして努力をしなければ、たぶんいつだって戻ってしまうのだ。

 少し元気があるなら、全然違う環境に身を置いてみるのはすごくいいと思う。というかすごくよかった。私みたいな仕事の人が全然関係ない仕事をやるのは社会勉強にもなる。普段の生活だと絶対に知り合わない人たちと知り合うことができた。それから通勤というシステムのすばらしさよ!

 同時に昨年から学校でノベルズ科の先生をやらせてもらっているのだけど、これもタイミング的にすごくよかったんだと思う。自分の足元を見つめ直す機会になった。えらそうなこと言ってたけど、先生そんな状態だったんです。ほかにもいくつかタイミングに恵まれているなあ、と思える出来事や仕事がいっぱいあった。そしてなにより友だちの存在は大きかった。

 昨年はこの10年間で1冊も小説の単行本を出していない1年だった。ノベライズにはタイミングがあるし、不眠症とそれに伴ういろいろとはあまり関係ない気もするけれど、それでも1冊も出していない1年というのはこの10年なかった。正直に言うなら、仕事関係でご迷惑もおかけした。その中お仕事をくださった方たちには感謝しかない。その上で、今は若干改善しているとはいえ、管理のできないフリーランスに仕事をくれるほど、世間は甘くない。今年出せるかどうかもさっぱりわからないし、とりあえずライターとしてのお仕事はいただけているので、今ある仕事にしっかり向き合っていくしかないのだ。

 しかし不眠症、舐めない方がいいっすよ。