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1月2月に見たもの行ったもの

ジャニーズカウントダウンコンサート

これを今年にするのか去年にするのか、まあどっちでも正しい。申込みが始まったときにSMAPの終わりを後輩たちがカウントダウンするコンサート、とは思っていて、2ヶ月後の今思い返すと、やっぱり後輩たちがSMAPの終わりをカウントダウンするコンサートだった。いや、実際には先輩もいたけれど。最後にテレビ放送されてないところで、SMAPの解散に触れたのはきつかった。なんだか自分でちゃんと葬式をあげにいったみたいなところあった。その上でちゃんとA.B.C-Zのことが好きだなあって思えたので、本当に行ってよかったです。

プラズマダイバーズ『飛び出す鹿ツアー2017~津軽海峡鹿地獄』東京公演

URLは札幌公演のもの。札幌演劇に縁ができてしまったのはなぜなのか。男二人の芝居はどう転んでも視点を変えればBLであり、最終的にはニポポ人形について考えさせられました。

デルフィニア戦記

とにかく主演の佃井皆美さんがすばらしくてすばらしくてなんじゃこりゃってなった。絶賛してたら、他の人も同じことを言ってたし、特撮勢からものすごいアピールされた。いやほんとすばらしかったです。

緋色八犬伝

HKT48前田亜美さん、多田愛佳さん主演の舞台。作演出が20年来の友人つーか舎弟つーか後輩の桃原秀寿で「出世したな~」というかんじ。舞台自体についてはおもしろかったんだけど、キャスト多すぎで見てて困った。

ミュージカル『ロミオとジュリエット』

いやーおもしろかったわ。「死」やばかったわ。んでデルフィニアの佃井さんじゃないけど、ジュリエット役の木下晴香さんが本当にすばらしくて、終わった後新人さんだと知ってひっくりかえりそうになりました。18歳ってマジカヨ。

A.B.C-Z デビュー5周年記念イベント~Reboot!!!~

ポスターお渡し&ハイタッチ会。2回まで参加できたんですけど、のべ2.5万人が参加したらしい(メンバーのラジオ発言による)。いや待ち時間長かった~! ハイタッチの記憶はなんせ接触があまり得意でないもので「キラキラしてた……」みたいなバカっぽい記憶しか残っていません。しかし初週売上が5.6万枚で2.5万人が参加ってバランス的にどうなのか。オリコン週間1位とれてほんとによかったです……。そしてイベントはメンバーもスタッフもオタもおつかれさまでしたよ、ほんと。

あ、映画いれんの忘れた。

甘くひそやかな、

 眠れないでいるとなぜか首をくくってだらりとどこかにぶら下がっているイメージが浮かぶ。ロフトに寝ているのできっとロフトから紐だか電源コードを繋いでぶら下がってるんだろうなあ、と思う。

 そこまで考えてわたしが死んだらどうなるのかな、と考え始める。仕事はかわりがいくらでもいるだろう。かわりがいないもの、そうなるとやっぱり1番気になるのは猫の行く末だ。3匹もいる猫たちをまとめて引き取ってくれる家はないだろう。それにだいぶ迷惑だろう。いや急に死ぬなんてこと自体が迷惑千万なのだが、この時点ではそんなことは考えられない。この猫たちが施設に送られてそのまま殺処分になったりするのはありえないな、と隣で眠っている猫を見つめるあたりで、死ぬわけにいかないんだなあ、となって妄想は終わる。

 そこから妄想ではなく、じゃあ自殺してしまった人には、現世に引き止めるなにかはなかったのだろうか、って考え始める。家族や友人は実のところあまり抑止力にならないのではないかと思う。だってこれくらいの年齢になると家族も友人もそれなりに失っているから。でも自分の庇護下になにかがあると違うのかもしれない。たとえばこどもとか。私の場合は猫とか。

 まあそんなわけで死にたくなったら動物を飼うといいですよ。少なくとも人間の中でこいつ私のことが1番好きなんだなあって感じることができるから。たとえ猫にとって私が餌マシーンだとしてもね。

自分のセクシャリティとアイドルの話

 ゲイの友人がLGBTリブに憤っていて、それはそれで筋が通っているなあとは思うのだけど、さておき彼に話したことで一定の結論を見せた自分のセクシャリティについての話を思いだした。

 私きれいでかわいいアイドルの女の子が好きなんですよ!(突然)特に中学生から高校生くらいのアイドルの女の子が好きだ。大人になる前のギリギリのこどもではない、少女としか言い様のないその時期のきれいな女の子。しかし私の好きな彼女たちはトイレに行かないのであった。トイレにも行かないので生理はないしなんなら女性器も持っていない。自分の話していることが頭おかしいと思っているし、現実にはありえないことも知っている。しかし、私の好きなアイドルの女の子はトイレには行かないのだ。なんなら乳首もない。余計な毛も生えてない。生身の人間だけど、そうなの。そうなんだよ! だって見たことないし! あの子がトイレに行くところとかそういうの! そんなわけであるから、彼女たちはセックスをしない。恋愛はするかもしれない。しかしセックスはしません! というのが私のアイドル観である。なので私が好きなのは、きれいでかわいい”アイドル”の女の子でなければならない。ただのきれいでかわいい女の子のことは別に好きではない。だって彼女たちはトイレに行くし生理もあるし女性器も持っているからだ。でも少なくともステージ上で歌い踊っている時、私の好きなアイドルの女の子はそういうものから解き放たれている。アイドルとはそういうものだと思っている。わーきもちわるーい。

 一方で男性アイドルに関してはそんなことはこれっぽっちも思っていないので、いやたまに思うけれども、女性アイドルに対する気持ちとはぶれるし、ゆがんだ性欲みたいなものもちゃんと抱いている(が自分がセックスしたいとはこれっぽっちも思わない)ので、なんなんすかね、アイドルって。

 そもそもアイドルが性的対象かどうかという問題はあって、いろんな思いをみんな抱いていると思うんですね。そういう意味でアイドルは性的対象ではないんだけれど、女の子も男の子も性的妄想の対象にはしているんだよな、わたし。「女の子アイドルはセックスしないの!」もある意味で性的妄想ですものね。そもそも性的妄想などすべて正しいし間違っているんだろうよ。

 ちなみにそのゲイの友人には「それは変形のバイよ!」って言われました。せやな。

木の芽時の読書

 木の芽時とはよく言ったものでしばらく具合がよくない。甘く密やかな眠りに似たものとして死が誘惑してくる。

 よくないなあと思いながらTwitterを見ていたら、雨宮まみの話が流れてきて、あれからなんとなく積んだままだった『自信のない部屋へようこそ』を読み出した。本当はこういうときに死んでしまった人の本を読むのはよくないのは知ってるんだけど。この本の表紙に載っているパキラは今我が家にあるんだけど全然様子が違う。引き取ってきたときの様子とも全然違うので、やっぱり植物は難しいんだななんて思いながらぼんやりと読む。まあどんなこと言ったって死んでしまったらダメなんだよなあって、そういうことも思う。そして悲しいような悔しいようななんとも言えない気持ちになる。かつて雨宮まみに我が家のインテリアをほめてもらったことがあったなあとか。そういやこの本、表紙に猫がいるんだな。

 それからもう1冊友人の著作シリーズで積みっぱなしになっていた『バッド・フェミニスト』を読む。いや正確には著作じゃなくて、友人の翻訳なんだけど。これはまだ途中なんだけど、やっぱり女性の生き方の話で、こう言ったらなんだし、比較するのもおかしいけど、雨宮まみのものよりも、近しい気持ちがしたし、勇気が出た。まあロクサーヌ・ゲイは死んでないしね。著作と作者は関係ないというけれど、こういう生活のことを書いたエッセイ的なものは著作と作者には密接な関係があって、それはもう仕方ない。フェミニストという単語や存在に関する拒絶みたいなものについても、冒頭に丁寧に意図が書かれている。そしてタイトルにフェミニストと含まれているが、フェミニズムの話ではないし、しかしフェミニズムの話をしている。バッド・フェミニスト!!!!! ってなんとなく「!」をいっぱいつけたくなった。

 読書してる場合でもないだろ、とは思うんだけどまあそんなかんじです。

自信のない部屋へようこそ

自信のない部屋へようこそ

 

 

バッド・フェミニスト

バッド・フェミニスト

 

 

2016年の終わり

 今年が終わりますね。SMAPが終わりますね。1月からいろんな情報や気持ちがぐるぐるしていたままこの日を迎えました。結局最後のスマスマはまだ見ていません。A.B.C-Zにハマってからは恒例となった年末のジャニーズカウントダウンコンサートですが、正直行くかどうか迷ったんですよね。SMAPが終わる瞬間を後輩たちがカウントダウンするコンサート。でも結局行くことにしました。未来がきっとあると思うから。

 さておき今年は10年間住んでいた土地を離れ引っ越しをしました。比較的都会から東京の外れに移動して、家賃はそれほど変わらず、お部屋が広くなりました。

 それから16歳の猫が12月に死にました。その直前10月に子猫を1匹拾いました。まあそんなもんかなと思います。

 いろんな迷いから少しは解放されたのかな、今年は。いろいろご迷惑をおかけすることもいっぱいでした。

 本年もありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。よいお年を。

雨宮まみのパキラ

「ものを書く人間は、みんな嘘つきです。」

【SPUR】「狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ」 #16 | 雨宮まみの「本でいただく心の栄養」

 

 雨宮まみの形見分けに行ってパキラを引き取ってきた。このパキラは5年前、私が彼女に贈ったものだ。

 その時のパキラは卵を模した陶器に入った手のひらサイズだった。それに私はカードを添えた。パキラのように伸びて行ってほしい、と。それは彼女の初めての単著に寄せてだった。

 その時のこととパキラについて彼女が書いた文章が残っている。

www.mochiiejoshi.com

 5年ぶりに再会したパキラはすごく育っていた。でも幹は細いまま背ばかり伸びて生い茂っていて、本当にこの5年の雨宮まみのようだと思った。こんな風に言ったら誰か怒るかもしれない、最近の彼女を知っている人たちはそんなんじゃないと言うかもしれない。でも私は本当にその時そう思ったのだ。

 形見分けを手伝われている人たちに挨拶して、いくつか持って行ってくださいと言われたアクセサリーと洋服を選んだ。それからパキラだけじゃなくて、もうひとつの鉢植えエバーフレッシュも引き取ることにした。こういうとき私はなにを喋っていいのか全然わからなくなってしまう。

 いや、そうじゃない。私は心にわだかまりを抱えていた。私は死に顔を見られなかった。遺言には「葬式はしないでください」と書かれていたという。生前もそんなことを彼女は言っていた。「近親者だけのお別れとさせていただきました」という報告もあった。でも私の友人たちの多くは彼女の死に顔を見ていた。あるいは、報道より先に彼女の死を知っていた。私は彼女の死を報道で知った。私は彼女と親しかったのだろうか。本当は全然親しくなかったのかもしれない。確かにここ1年くらいは距離があった……というよりSNSでやりとりをすることはあっても会っていなかった。そういう気持ちをずっと抱えていた。だから、友人代表の人が「私たちの不徳のいたすところです」と報告しても飲み込めないでいた。むしろ謝られれば謝られるほど苦しかった。違うんだ、あなたたちを責めたいんじゃない。あなたたちが最善を尽くしたのは間違いない。感謝しかない。むしろ尊敬している。私だって友人の死を知らせる側になったことはある。遺品整理だってしたことがある。そういうとき、どうしても抜けはある。わかってるんだそんなこと。こんな死に方をした雨宮まみを受け入れられないんだ。悪いのは雨宮まみだ。こんな死に方をした雨宮まみが悪い。そしてしばらく雨宮まみと会っていなかった自分が悪い。自分が悪いんだ。そして雨宮まみが悪いんだ。こんな風に死んだらなにもかも台無しだ。育ったパキラも、褒めてくれたインテリアも、その著作もなにもかも台無しだよ。

 

 

 

 パキラは大きさ的に女ひとりでは運べないしワゴン車でも高さ的にあやしいということで運搬は事前に赤帽をお願いしていた。帰りは一緒に車で送ってくれるというのも都合がよかった。エバーフレッシュを引き取れたのもこのおかげだ。赤帽のおじさんとの帰り道、実は形見分けなんですよ、あのパキラ私が昔あげたものなんです、いきなり死んじゃってなんて話をした。おじさんは俺くらいの歳になるとぽっくり死にたいんだよ、でもあなたくらいの歳にはまだそんなことは思えなかったな、ぽっくり死ぬと周りが大変なんだよねなんて言っていた。おじさんは父と同い年だった。自宅前でおじさんはこれどっちも土をたさないとダメだよ、土が乾いているせいもあって根が浮いているし、それからパキラには支柱をつけて、エバーフレッシュはすぐに剪定をしないといけないと、その場所まで教えてくれた。俺園芸好きなんだよ、それから形見分けなんでしょう、休日料金はいらないや、と少し割引してくれた。

 帰宅してちょっと休んで土だけとりあえず買ってきた。おじさんに言われた通り濡らした土を鉢に入れて行く。実はこんな風に植物の世話をしたことはない。ちゃんと育つんだろうか、これ。それからエバーフレッシュを剪定して、切った枝は差し木にした。どっちもリビングに置いてみた。随分部屋の雰囲気が変わった気がする。

 私はこのパキラで彼女に呪いをかけたのだな、と思った。そして呪いは返ってきてしまった。呪いとは魔法のことだ。時に凄まじい力を発揮する。人によっては願いや祈り、言霊なんて言うかもしれない。

 バカだなあ、こんなに早く死ぬなんて。全然悲しくない。報道で知ったせいもあって死に顔も見ていない。だから死んでなんかいない気がする。ただ彼女はみんなに呪いをかけていなくなってしまった。まだ私はただ彼女がいなくなっただけで、彼女が死んでしまったなんて全然信じていない。そして私はまだただ憤っている。こんな風に彼女がいなくなってしまったことに。

 仕方ないからどんな呪いでも受けてたつよ。これは君がいたという魔法、そして君が沢山の人にかけた呪いだ。私はまだ泣いていない。

 

追記:あまりに散漫な文章でどうしようかと思ったけれど、この散漫さもまた私の気持ちなのだと思って公開することにしました。散漫な文章はそのまま私の気持ちで、千々に乱れ、私は全然納得いってないし、ただ部屋にはパキラとエバーフレッシュがある。人の死を消費するな、とか、人の死について書くことで承認欲求を満たすのか、とか、彼女の死についてそんな意見も見たけれど、そもそも彼女がずっと訴えていたのは、そんなことで自分の言いたいことを制限するなみたいなことだったのではないか。彼女がいなくなってしまった今そんなこと言っても意味がないし、私にとっての関心事はこのパキラとエバーフレッシュを枯らさずにいられるかどうかだ。雨宮まみと同じように植物なんか育てたことのない私がこれからちゃんと世話できるのか全然自信ない。でも呪いのかかったこの植物を私が枯らすわけにはいかないのだ、きっと。

「夜空ノムコウ」- SMAPとA.B.C-Z河合郁人さんのこと -

 10/1から10/2にかけてA.B.C-Z大阪城ホールのコンサートに行ってきました。しばらく泊まりがけの遠征を自分に禁じていたので、およそ3年ぶりの泊まりがけの遠征です。

 10/1の夜公演、大阪初日。河合郁人さんがソロコーナーの後半でSMAPの『夜空ノムコウ』を歌いました。イントロが流れ出したその瞬間、私はなにがおこったのかよくわからず、泣き崩れそうになりました。隣の友人が「ちゃんと見て!」と言って私の腕を掴みました。支えてくれました。正直なところ、私はあの瞬間、自分がどんな気持ちだったのか、もうよくわかりません。他のお客さんたちがどんな反応をしていたのかもよくわかりません。私は1月の騒動以降、初めてあんなに泣きました。体の震えが止まりませんでした。泣きながら『夜空』を歌う河合さんを見ていました。途中に河合さんは木村さんの物真似まで入れてちゃんと笑いもとって、歌い終わったあと「僕も偉大な先輩たちのように、スーパースターになりたい!」と”偉大な先輩たち”の名前は出さずにそう言ってフライングをしました。

 10/2の昼公演でも同じように河合さんは『夜空』を歌いました。私はもう泣きませんでした。ただ双眼鏡で河合さんを見ていました。見なければならないのだと思いました。でもその時ほんの少しもう『夜空』じゃなくてもいいのに、という気持ちが過ぎりました。

 そしてこの昼公演でも河合さんは『夜空』のあとに「偉大な先輩たちのように」という言葉を使いました。そこに他の先輩たちが含まれるとしても、そうだとしても、どうしてSMAPという単語を口にできないのか、口にしてはならないのか、そういう歯がゆさも感じました。その名を口にすることも許されないのかとさえ思いました。

『夜空』は特別な歌です。私は1月の騒動以降何度もこの歌の歌詞の中にある「あの頃の未来」という単語を使ってきました。『夜空ノムコウ』は毎年のように出る解散説の中リリースされた曲です。そういう時代でした。あのとき「解散コンサートでこの曲聞くのかな」なんて話したことを覚えています。

 この大阪城ホール公演の前、8月の代々木体育館のコンサートで河合さんは同じコーナーで違う曲を歌っていました。その中にSMAPのデビュー曲である『Can't Stop!! -LOVING-』の振付をいれるという小さな遊びもありました。

 そのコンサートの翌々日深夜にSMAP解散が発表され、あの8月と今この10月で少なくとも私にとって世界は変わってしまいました。

 私はとても不安でした。今だって不安です。大好きなものを囲む世界への不信感、彼らの後輩であるA.B.C-Zを今までと同じように愛せるのかさえ不安でした。『夜空』の直前、河合さんは『S L BOY』(うたまっぷ歌詞無料検索)というちょっと自虐的な曲を馬のハリボテに乗って頭にパトランプをつけて歌っています。とても楽しいソロコーナーです。代々木ではその後も楽しい歌でした。『夜空』が歌われるまでコンサートはとても楽しくて、大丈夫なんだと安心していました。でも1日目の『夜空』のあと急にすごく不安になりました。だから、楽しい曲を聴きたい気持ちがありました。楽しくコンサートを終えたかったのです。

 10/2の夜公演。A.B.C-Zのコンサートツアーのオーラス。河合さんはまた『夜空』を歌いました。前の2回と同じように「僕も」と言ってから一呼吸あったような気がしました。そのあと彼ははっきりと「SMAPのようにスーパースターになって大きく羽ばたきたい!」と言ってフライングをしました。

 彼は「SMAPのようになりたい」と今このときコンサートではっきりと言ったんです。

 

 A.B.C-Zは私がSMAPのあとに初めて大好きになったジャニーズのグループです。普通の人よりもジャニーズ所属の他のグループのことは好きだとは思います。でもSMAP以外の若手のジャニーズグループを大好きになることなんてないと思っていました。好きになったのは本当に突然でした。

『ザ少年倶楽部』というジャニーズの若手が出演しているNHK BSの番組の公開収録にKis-My-Ft2ファンの友人とたまたま入る機会がありました。2012年7月2日のことです。そこには他の若手グループも出演していました。私はその瞬間までA.B.C-Zがどんなグループかもよく知りませんでした。その年にDVDデビューしたばかりということくらいの知識しかありませんでしたし、私は河合さんの名前さえ知りませんでした。なのに本当にまるで恋に落ちるように、どうしてなのかもわからないままに、彼のファンになったのです。彼を見た瞬間、隣にいた友人に「彼は誰!?」と聞いたほどでした。そしてその夜からA.B.C-Z河合郁人という人のことを必死に調べました。

 そして彼が事務所内ジャニオタと呼ばれていて、SMAPのファンであること、そしてジャニーズの先輩たち(特に木村さんと松本潤さん)の物真似をすること、木村拓哉に憧れて事務所に入ったことを知りました。

 それから怒濤のA.B.C-Zオタ生活が始まりました。8月には『SUMMARY』と呼ばれるコンサート(のようなもの)に、9月には『少年たち』という舞台に行きました。どちらもA.B.C-Zの5人が全員出演しているステージです。彼らのステージは本当にすばらしいものでした。どんどん好きになっていきました。そして、アラフォーになって初めての経験をいくつかしました。夜行バス遠征も、チケット交換で知り合った人と公演後にそのまま盛り上がって2人で飲みに行くというのも実は初めてでした。濃いめのアイオタとして生きてきたつもりなのに、まだこんなにもやっていないことがあるのかと思いました。

 そんな中迎えた2012年9月27日のSMAPの東京ドームでのコンサート。初めて河合さんを好きになってから3ヶ月くらいの、ファンとしては一番盛り上がっている時期。その日私も東京ドームにいました。そしてA.B.C-Zの5人もそのコンサートを見学に来ていました。ちょうど双眼鏡で私がそれを確認できる位置に彼らはいました。河合さんはコンサート中ずっと楽しそうでした。本当に楽しそうでした。

 コンサート後半、香取さんが「A.B.C-Z!」とステージに彼らを呼び込みました。曲は『オリジナルスマイル』。その時一番大好きなアイドルと、ずっとずっと好きなアイドルが同じステージの上、笑顔で立っていました。そこで河合さんは木村さんに肩を組んでもらって、それがモニターに大写しになりました。河合さんのあの表情。幸せそうでした。見ていた私も幸せでした。それはとても特別な瞬間でした。見ていた私はやっぱりあのときも震えていました。

 

  あれから4年が経ちました。その間、A.B.C-Zと河合さんをいっぱい見てきました。友だちも増えました。ちょうど年齢差はSMAPのコンサートに一緒に行く友人たちと同じくらい。SMAPのとき私は年下組で、A.B.C-Zのときは年上組です。なんならSMAP仲間とA.B.C-Z仲間が親子でもおかしくないくらいの、その真ん中に私はいます。

 8月のコンサートから演目を変えて河合さんが歌った『夜空ノムコウ』。そして歌い終わったあとに「SMAPのようにスーパースターになって大きく羽ばたきたい!」と彼がはっきりと言ったことを私は絶対に忘れません。事務所の後輩でもあり、SMAPファンでもある河合さんの心中が今どんなものなのかなんて私にはわかりません。「偉大な先輩たち」と名前を出さなかった2公演、そして「SMAP」と名前を出した最終公演。そこにどんな気持ちがあったのかなんてわかりません。

 彼が「SMAP」という単語を口にした瞬間、私は苦笑いをしていたと思います。「しょうがないなあ」とか「バカだなあ」とかそんなのが一番近い気持ちだった気がします。それは同時に大阪初日に『夜空ノムコウ』を聞いた瞬間に泣き崩れた自分への気持ちだったのかもしれません。

 

  ねえ河合さん、本当にありがとう。大阪のコンサート、行ってよかった。もうちょっとなんとかやっていけそうだよ。河合さんを好きになってよかった。だからさ、A.B.C-Zのもっと先の「あの頃の未来」を見せてよ。私東京ドームか新国立競技場の最後列で泣きながらそれを見るからさ。頼むよ。